10歳でバルセロナのカンテラに飛び込み、15歳でJリーグ最年少記録を塗り替え、18歳でレアル・マドリードと契約した男——久保建英。2026年現在、レアル・ソシエダの攻撃を牽引する24歳の左足は、日本サッカー史上最も早熟にして最も正統派のテクニシャンである。7大会連続でW杯を現地取材してきた筆者が、この稀有な才能の軌跡を読み解く。

名前久保 建英(くぼ たけふさ)
生年月日2001年6月4日(24歳)
出身地神奈川県川崎市麻生区
身長/体重173cm / 67kg
ポジションMF/FW(右ウイング、トップ下)
所属クラブレアル・ソシエダ(ラ・リーガ)
代表歴48試合7得点(2019年デビュー)

ラ・マシアが認めた「日本の神童」

久保建英のサッカー人生は、3歳でボールを蹴り始めたところから動き出す。川崎フロンターレの下部組織で基礎を磨いた後、FCバルセロナが日本で開催したキャンプでMVPを獲得。この結果がスカウトの目に留まり、2011年8月、わずか10歳でラ・マシアの入団テストに合格した。バルセロナのカンテラに正式入団した日本人選手として初の事例であり、少年はアレビンCからインファンティルへと順調に昇格。2013-14シーズンには地中海カップ(MIC)U-12大会でMVPに選出される。

しかし2014年、FIFAがバルセロナに対して18歳未満の外国人選手獲得に関する規定違反で制裁を発動。久保は公式戦への出場機会を失い、スペインでの夢は一時中断を余儀なくされた。13歳で帰国し、FC東京U-15むさしに加入。ここで彼は「挫折」ではなく「再始動」を選んだ。U-18への飛び級昇格を経て、2016年11月5日、J3リーグ第28節・AC長野パルセイロ戦で15歳5ヶ月1日のJリーグ史上最年少出場記録を樹立した。翌2017年4月にはJリーグ最年少得点(15歳10ヶ月11日)も記録し、11月にFC東京とプロ契約を締結。同月26日にはJ1リーグ・サンフレッチェ広島戦でJ1デビューを飾り、16歳5ヶ月22日でのJ1出場はリーグ歴代3位の年少記録となった。

レアル・マドリード契約とレンタル修業の真実

2018年には横浜F・マリノスへ期限付き移籍し、J1で5試合1得点を記録。FC東京に復帰した2019年前半はJ1で13試合4得点と結果を出し、同年6月、18歳でレアル・マドリードと契約を結ぶ。だがトップチームでの出場機会は訪れなかった。ここから始まる4クラブへのレンタル移籍は、挫折の連続に見えて、実はラ・リーガの荒波で生き残る術を叩き込まれた3年間だった。

期間所属クラブリーグ出場得点
2019-20RCDマジョルカラ・リーガ354
2020-21前半ビジャレアルCFラ・リーガ130
2020-21後半ヘタフェCFラ・リーガ181
2021-22RCDマジョルカ(2回目)ラ・リーガ281
2022-23レアル・ソシエダラ・リーガ359
2023-24レアル・ソシエダラ・リーガ307
2024-25レアル・ソシエダラ・リーガ365
2025-26レアル・ソシエダラ・リーガ182

マジョルカでの1年目は鮮烈だった。2019年9月にラ・リーガデビューを果たすと、11月10日のビジャレアル戦でスペイン初得点をミドルシュートで叩き込む。18歳5ヶ月6日は、欧州4大リーグにおける日本人最年少得点記録となった。ビジャレアルではラ・リーガで13試合出場も無得点に終わり半年で移籍。ヘタフェでは残留争いの中で泥臭いサッカーを経験した。2度目のマジョルカではラ・リーガ28試合で1得点。華やかさとは無縁の3年間で、久保はフィジカルコンタクトへの対応力守備意識を身につけていった。

レアル・ソシエダで開花——キャリアハイの2022-23

2022年7月19日、レアル・ソシエダへ完全移籍。クラブ史上初の日本人選手として、ここが本当の居場所となる。2022-23シーズンはラ・リーガ35試合で9得点7アシストのキャリアハイを叩き出し、チームのシーズンMVPに選出された。翌2023-24シーズンも7得点4アシストを記録し、エースとしての地位を固めた。

2024-25シーズンはラ・リーガでアシスト0に終わるなど数字上の波があったものの、チーム戦術の中核として起用され続けている。2025-26シーズンも負傷離脱を挟みながら18試合2得点3アシストを記録中だ。2024年2月に契約を延長し、2029年6月30日までレアル・ソシエダに在籍する。違約金条項は6,000万ユーロ。クラブの長期的な構想に不可欠な存在として評価されている証拠だ。

日本代表——背番号10の重み

2019年6月9日、キリンチャレンジカップのエルサルバドル戦で18歳5日でA代表デビュー。これは市川大祐に次ぐ日本代表史上2番目の年少記録だった。同月のコパ・アメリカ2019にも選出され、グループリーグ3試合に出場。以降着実にキャップを重ね、2026年3月時点で48試合7得点を記録している。

2021年東京五輪ではU-24代表のエースとして、グループリーグ全3試合で連続得点という快挙を達成。南アフリカ戦の決勝点、メキシコ戦の先制点、フランス戦の先制点と、すべてが勝利に直結するゴールだった。2022年カタールW杯ではグループリーグのドイツ戦・スペイン戦で2試合先発出場。歴史的なドイツ撃破(2-1)にも2列目の一角として貢献した。

そして2025年6月10日、W杯アジア最終予選のインドネシア戦。背番号10を背負い、初のゲームキャプテンとして臨んだ久保は、1得点2アシストでチームの6-0大勝を演出した。遠藤航から託されたキャプテンマークを巻くその姿は、日本代表の新時代を象徴するものだった。

POINT 1 左足のカットイン——5大リーグ屈指のドリブラー

久保建英の最大の武器は、右サイドから中央へ切り込む左足のカットインだ。2024-25シーズンのドリブル成功数は欧州5大リーグ全体で3位(87回)に入り、ラミン・ヤマル(116回)、バイノー=ギッテンス(88回)に次ぐ数字を記録した。ボールを左足のすぐそばに置いたまま急加速で相手を抜き去るクローズコントロールは、ラ・マシア仕込みの技術が凝縮されたものだ。

POINT 2 ドリブラーにしてプレーメーカー——得点を演出する視野

久保が単なる突破型のアタッカーと一線を画すのは、そのパスビジョンにある。レアル・ソシエダでの2022-23シーズンには9得点に加え7アシストを記録し、得点と演出の両面でチームを牽引した。右サイドからカットインした際、シュートを選ぶかスルーパスを出すか、瞬時に最適解を選べる判断速度は、バルセロナのカンテラで10歳から叩き込まれた「サッカーIQ」の賜物だろう。

POINT 3 レンタル修業が鍛えた「戦える身体と精神」

173cm・67kgという体格はラ・リーガでは決して恵まれていない。しかし久保はマジョルカビジャレアルヘタフェという3つのクラブでの武者修行を通じ、フィジカルバトルで倒されても即座に立ち上がるメンタリティと、守備時のポジショニングを習得した。華麗な技術だけでは生き残れないスペインで泥臭さを身につけたことが、レアル・ソシエダでの飛躍に直結している。

SUMMARY

久保建英は、10歳でFCバルセロナのカンテラに入団し、15歳でJリーグ最年少記録を樹立、18歳でレアル・マドリードと契約した日本サッカー界の至宝である。4クラブへのレンタル移籍で実戦力を磨き、2022年からレアル・ソシエダで完全に開花。ラ・リーガ通算27得点を積み上げ、日本代表でも48キャップ7得点を記録する。2024-25シーズンには欧州5大リーグのドリブル成功数で3位に入る突破力を誇り、2026年W杯を控えた今、背番号10を背負う24歳は日本サッカーの歴史を塗り替える存在へと成長を続けている。

出典:JFA公式、Transfermarkt、FBref、Jリーグ公式データサイト、サッカーキング、ゲキサカ、Football Zone(2026年3月時点のデータ)