ゴール前で息を潜め、一瞬で仕留める——。上田綺世とは、そういうストライカーだ。

茨城県水戸市。この地で生まれた少年は、中学時代に鹿島アントラーズの下部組織「ノルテ」に所属した。だが当時170cm程度だった体格では、ユース昇格の壁を越えられなかった。3つのジュニアユースから15名ほどが選ばれるユース昇格の選考——上田はその枠に入れなかった。「いつか戻ってやる」。その悔しさが、上田綺世の原点だ。

鹿島学園高校に進学するも、1年次はフィジカルが未成熟で出場機会に恵まれなかった。2年次からようやく身体が仕上がり始め、高校年代で頭角を現す。そして法政大学へ進学。関東大学リーグで圧倒的な得点力を見せつけ、2年次の2018年には全日本大学サッカー選手権(インカレ)で42年ぶりとなる法政大の優勝に貢献した。Jクラブによる争奪戦を勝ち抜いたのは、かつて自分をユースに上げなかった鹿島アントラーズだった。

プロフィール

名前上田 綺世(うえだ あやせ)
生年月日1998年8月28日(27歳)
出身地茨城県水戸市
身長/体重182cm / 76kg
ポジションFW(CF/ST)
現所属フェイエノールト(オランダ・エールディヴィジ)
代表歴日本代表 A代表34試合16得点(2019年〜)

鹿島で開花した「得点感覚」

2021年シーズンからの加入が内定していた上田だが、2019年夏に前倒しで鹿島へ加入する決断を下した。法政大サッカー部を3年で退部し、7月28日にチーム合流。わずか3日後の7月31日、浦和レッズ戦で途中出場しプロデビューを飾った。8月10日の横浜F・マリノス戦ではプロ初ゴールを記録。そこから得点を量産し始める。

鹿島での3シーズン半でJ1リーグ通算86試合38得点。得点率は0.44——つまり2試合に1点近いペースで得点を重ねた。特筆すべきは、そのゴールパターンの多彩さだ。DFの背後への抜け出し、ヘディング、ワンタッチフィニッシュ。どの形からでもゴールを奪える。30年以上この世界を見てきたが、大学経由でこれほどの得点率を叩き出した日本人ストライカーは記憶にない。

POINT 1 「大学経由」が生んだ知性派ストライカー

ユース昇格を逃した経験が、上田を「考えるストライカー」に変えた。法政大学での4年間(※3年で退部)で磨かれたのは、DFとの駆け引きを論理的に組み立てる力だ。鹿島アントラーズではJ1通算得点率0.44という驚異的な数字を叩き出し、リーグ屈指の点取り屋へと成長した。プロユース出身でないからこそ、自分の武器を言語化し、再現性のある得点パターンを構築できた点が上田の最大の特異性だ。

ベルギーで証明した「欧州で通用する身体」

2022年7月、上田は海を渡った。ベルギー1部セルクル・ブルッヘへの完全移籍。日本人ストライカーが欧州で苦しむケースは少なくない。フィジカルの壁、言語の壁、戦術の違い——だが上田は違った。

移籍初年度から得点を重ね、シーズン途中にポジションがCFからセカンドトップに変更されると覚醒。後半戦は12試合で11得点というハイペースでゴールを量産した。最終的にベルギーリーグ(プレーオフ含む)で40試合22得点を記録し、得点ランキング2位に食い込んだ。この22得点は、当時鈴木優磨(シント・トロイデン)が持っていた17得点の日本人最多記録を大幅に更新するものだった。

「日本のロケットシュート」と現地メディアに評された腰の回転から繰り出す強烈なシュートは、ベルギーのGKたちを震え上がらせた。

なぜ上田は欧州で即座に結果を出せたのか。答えは「準備」にある。鹿島時代から欧州移籍を見据えたフィジカル強化を続けていた。ゴール前での駆け引きは万国共通だが、そこに至るまでの身体の使い方は欧州仕様にアップデートする必要がある。上田はそれを移籍前に済ませていたのだ。

フェイエノールトで「エース」の称号を掴む

2023年8月、オランダの名門フェイエノールトが800万ユーロ(約12億円)で上田を獲得。背番号9を託された。

初年度の2023-24シーズンは苦しんだ。リーグ26試合で5得点、先発はわずか5試合。オランダのサッカーは組織的でテンポが速く、ベルギーとは異なるインテンシティが求められた。

だが上田は腐らなかった。2024-25シーズンにはリーグ22試合7得点と数字を伸ばし、チーム内での序列を確実に上げた。そして迎えた2025-26シーズン——上田は完全に覚醒する。

開幕戦から3試合連続得点でスタートダッシュに成功。10月19日にはエールディヴィジで日本人選手史上初のハットトリックを達成。このゴールはフェイエノールトのクラブ通算5,000ゴール目という歴史的な一撃でもあった。12月6日のPECズヴォレ戦では自身2度目のハットトリックを記録し、18得点でリーグにおける日本人最多得点記録を塗り替えた。2026年3月時点でリーグ22得点を積み上げ、得点王争いの真っただ中にいる。

選手経歴

期間所属クラブリーグ出場得点
2019-22鹿島アントラーズJ1リーグ86試合38得点
2022-23セルクル・ブルッヘベルギー1部40試合22得点
2023-24フェイエノールトエールディヴィジ26試合5得点
2024-25フェイエノールトエールディヴィジ22試合7得点
2025-26フェイエノールトエールディヴィジ24試合22得点
POINT 2 フェイエノールト3年目の「覚醒」——適応曲線が示すもの

初年度5得点、2年目7得点、そして3年目に22得点。この適応曲線は偶然ではない。フェイエノールトの戦術システムを理解し、エールディヴィジ特有のハイプレスに対応する動き出しを体得した結果だ。特に2025-26シーズンはハットトリックを2度達成するなど、得点パターンの幅が格段に広がった。ペナルティエリア内での嗅覚と味方との連携が高次元で融合し、欧州トップリーグの得点王争いに名を連ねている。

日本代表——コパ・アメリカからW杯のエースへ

上田の代表デビューは2019年6月18日、コパ・アメリカのチリ戦だった。法政大在学中の3年生、20歳。大学生のA代表選出は2010年の永井謙佑以来9年ぶりという快挙だった。南米の強豪相手にスタメンで臨んだものの、大会3試合で決定機を5度外すという苦い経験も味わった。だがこの悔しさが、後の上田を形作った。

以降、着実にキャップを積み重ね、A代表通算34試合16得点(2025年11月時点)。特に2024年以降はエースストライカーの座を確固たるものにした。W杯アジア最終予選では重要な場面でゴールを決め、日本の本大会出場に貢献。その決定力は、かつての日本代表が最も渇望していたものだ。

30年以上W杯を現地で取材してきた立場から言えば、日本代表がこれほど信頼できるセンターフォワードを持つのは初めてかもしれない。高原直泰、大迫勇也といった歴代エースたちもW杯で奮闘したが、上田には彼らにはなかった「欧州トップリーグでの得点王争い」という裏付けがある。

POINT 3 日本代表の「9番問題」に終止符を打つ存在

長年、日本代表は世界基準のセンターフォワード不在に悩まされてきた。上田綺世はその課題に正面から答えを出しつつある。コパ・アメリカでのデビューから約7年、代表通算16得点を積み上げた。フェイエノールトでエールディヴィジ得点王を争う実績は、W杯本番で対戦国のDFにとって明確な脅威となる。ペナルティエリア内での冷静さと多彩なフィニッシュは、日本サッカー史上最も完成度の高いストライカーと評しても過言ではない。

北中米W杯へ——エースが背負う「期待」と「覚悟」

2026年6月、北中米W杯が開幕する。上田に求められるのはシンプルだ——「ゴール」である。

エールディヴィジで見せている爆発的な得点力を、W杯という最高峰の舞台で再現できるか。欧州の屈強なDFを相手に、あの鋭い腰の回転から繰り出すシュートが突き刺さるか。

上田にはその準備ができている。ユース昇格を逃したあの日から、すべての経験が今につながっている。大学で磨いた知性、鹿島で開花した得点感覚、ベルギーで証明したフィジカル、そしてフェイエノールトで手にした自信と実績。

水戸市で生まれた少年は、世界最高の舞台で日本の「9番」を背負う。

SUMMARY

茨城県水戸市出身の上田綺世は、鹿島アントラーズ下部組織のユース昇格を逃しながらも、法政大学を経て鹿島でJ1通算86試合38得点を記録した。2022年にセルクル・ブルッヘへ移籍し欧州初年度からベルギーリーグ40試合22得点で日本人最多記録を樹立。翌年には名門フェイエノールトへ800万ユーロで移籍し、背番号9を背負う。初年度こそ5得点に留まったが、3年目の2025-26シーズンには日本人初のエールディヴィジ・ハットトリックを含む22得点を叩き出し、得点王争いの中心にいる。日本代表でもA代表通算34試合16得点を誇り、2026年北中米W杯ではエースストライカーとして日本サッカーの歴史を塗り替える使命を帯びる。